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生活彩土

達人インタビュー
(有)藤井琴製作所 藤井善章

40年以上のベテランがつくる伝統工芸品。

奈良時代前に中国から伝来してきた琴は、以来、雅楽器のひとつとして日本人の心に美しい音色を響かせてきました。福山での琴づくりの歴史は明治時代初期に始まると言われ、昭和60年には楽器として初めて伝統工芸品に指定されています。

「伝統工芸品いうたら、それまでに100年以上の歴史がなければ指定が降りんのよ。つまり福山琴は、それだけ歴史があるいうことやね」と、藤井琴製作所のベテラン職人さん。

藤井さんに御話を伺う前に案内していただいた製作所内には、まるで木工所のように所狭しと木が並べられていました。
それもそのはず、原木の桐から琴になるまでには、木を挽いて中をくりぬき、2年近く乾燥させておかないと、いい琴がつくれないのだそうです。木が十分に乾いた後、甲を削り、板付け、彫などの作業が行われて、最後に1000度ぐらいに焼いた鉄の鏝で木の表面を焼き、磨きをかけていきます。これまでが、甲と呼ばれる本体をつくる作業です。さらに装飾作業へと引き継がれるわけですが、藤井琴製作所では甲づくりと装飾作業は分業で行われていて、それぞれこの道40年以上というベテランの職人さんたちが、手慣れた手つきで作業されていました。

「やればどっちもできるんだけどね、甲づくりは柔らかい木を扱うのに対して、装飾の方は硬い木を扱う。ぜんぜん刃物が違うんです。両方使うのは大変だし、効率も悪いから」と藤井さん。行程の中でいちばん難しいのは、装飾の部分で、ミリ単位の細かな作業はかなり神経を使うそうです。


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一つひとつの年輪が、琴の音色を左右する。

藤井さんが琴づくりを始められたのは、中学を卒業してすぐ、ちょうど日本が高度成長期を迎えた昭和34年頃です。「当時、広島には大きなゴム会社がたくさんあって、この辺りの大多数はそこへ行きよったんです。でも身長や体重の制限があって、僕は入れんかったんです」。そこで、技術系のことが好きだった藤井さんは、日本で初めて琴の大量生産を始めた牧本楽器に入社。21歳の時にひとり立ちし、昭和52年に藤井琴製作所を設立しました。最初は自分も含め3人だった職人も、いまでは9人に増え、分業など効率のよい方法を取り入れながら、手づくりにこだわった仕事を続けられています。

ところで、福山は桐の産地であったことから琴づくりも盛んになったといわれています。しかし、最近は福山琴の約8割が北米からの輸入桐でつくられていて、高級品と呼ばれる琴には会津の桐が使われているとか。
「昔は琴というのは習い事のひとつとして室内で弾くぐらいだったので、音はあまり重視されていなかったんです。それが、いまはホールとかで音楽として弾くようになったのでつくり方も変わってきた。音を重視しだしたら、木がどれでもいいってわけにはいかないんです。日本の琴は会津の桐がいちばんですね」と藤井さん。

一般に、琴には樹齢4、50年の物が使われ、一年一年が年輪となって現れます。会津のように寒いところで、雪に絞めつけられながら少しずつゆっくりと育った桐は、年輪の幅が小さくしまっている分、鳴りがいい。そして木目も、自然に美しく浮かび上がって、高級な琴に仕上がるそうです。

「桐以外のものでもつくられたことがあるけど,例えば松のような硬い木で琴をつくると、耳障りな高い音が出て桐のような柔らかい音にはならない。それに琴のように大きいものを桐以外だと女性には重くて運べないでしょ」。
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