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達人インタビュー
奥原 宗典

沖縄の風土が選らんだ赤瓦

百年、二百年かけていつのまにか定着していった沖縄の赤瓦。それはまさに沖縄の風土が選んだ赤色、生活に根づいた素材でした。
「沖縄にとって赤のほうが生活しやすかったから。それだけの話。黒だったら暑かっただろうね」と奥原さん。同じように赤い瓦を使っていても、例えば東北の会津地方のように、長い時間に淘汰され赤瓦から黒瓦へと変わっていった地域も少なくありません。経済的なゆとりがなかったため、比較的安価で手軽な赤瓦が一般に普及したのが、時代とともに本来求められている黒瓦に移り変わっていったのです。

「近代化のひとつの流れだね。最近は釉薬が発達して、青や黄色などのカラフルな瓦に走ってる。本土の方では釉薬瓦の青は当り前にあるんだけど、沖縄に持ってきたらやっぱり安っぽい青。沖縄の空の青に、海の青に勝てない。沖縄では通用しないんだ。本土の方でも、いざそこで何十年と住んでいくと自分の街がいかに軽いか、やっぱ落ち着かない色になっていくわけね。無理して使ってると思うから、青い瓦はいつかなくなっていくと思うよ。本土の方だったら黒に、沖縄だったら赤に戻ってしまう。欲しい色っていうのは必ずあるんだ。歴史的色っていうのは、そのなかから必ず生まれるんだから」。

奥原さんが瓦職人になろうと思った理由のひとつには、沖縄の原風景をひとつでもいいから取り戻そう、昔の沖縄に少しでも近づこうという思いがあったからだそうです。
「これには、あと300年ぐらいかかるんじゃないかな。でも戦後、失った50年というのは、沖縄の歴史から見れば非常に短い。帰るはずなんだからいつか。300年後に受け継いでいくために、俺は初めの一歩を踏み出しただけなんだね」と奥原さん。その言葉には、赤瓦のように素朴であたたかい、故郷を思う気持ちが込められていました。
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