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連載記事 風土を旅する 第五回 近畿 薄雲に隠れた、街並みを歩く

写真 万葉風情に染まる街へ。"観光都市ではない"京都を感じる。

「てらごこふやちょう、ときやなぎさかい たかあいひがしくるまやちょう。」京都特有の東西南北を走る無数の通りを覚えるためにできた「京の通り名歌」である。子供達はこの歌を日常的に口ずさみ、道を覚えたそうだ。この南北三十一本の通りをすべて貫く三条通の西端、嵐山は桂川に架かる渡月橋を、私達は旅の始点とした。まず、それと平行して走る路面電車、「京福電鉄嵐山線」に乗り、車窓から景色を確かめることに。今日の路面電車は、歴史的価値から観光資源として活用されるケースも少なくない。しかし、一駅止まる度に、主婦や女子高生、大学生、初老の男性が次々と乗り込んでくる様子から、周辺住民の生活に欠かせない交通資源であることが分かる。戦時下の1942年に敷かれた線路からは、早速、近現代の京風情を感じることができた。

「帷子の辻(かたびらのつじ)」という駅で降りた私達は、ここから少し東にある古刹、広隆寺を目指した。広隆寺の建立は推古天皇時代の603年。国宝の弥勒菩薩半跏像が安置され、聖徳太子建立七大寺の一つというから、歴史や由来は大阪の四天王寺(建立593年)に近い。とはいえ、境内の様子はまったく違うものだった。喧騒がまったく届いてこないのは、寺を囲む青々と茂った木々のせいか。聞こえてくるのは、鳥のさえずり、わずかな参拝客の砂利を踏む音。四天王寺が「動」なら、こちらは「静」と言える趣を、目を閉じて味わった。

太秦周辺で、三条通は片側一車線の細い道路となる。車が引っ切り無しに往来する脇をソロソロと歩いていくと、「蚕の社(かいこのやしろ)前」という変わった町名が現れ、興味を引かれた。道行く人に尋ねながら住宅街を抜けると、「木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)」と書かれた木製の鳥居に行き着いた。先の名前は「蚕の社」の正式名称で、建立は文献によれば701年。京都でも最古級の神社である。しかし、なぜ「蚕」なのだろうか?

その謂れは、かつてこの地に朝鮮半島で養蚕、製陶、織物の優れた技術を持っていた氏族、秦氏が渡来したことにちなみ、本殿に蚕を祀っているため。奥へ進むと、鬱蒼と茂る雑木林の間に小さな池があり、池の中央に三本の柱を持つ鳥居が建っていた。これが京都三鳥居の一つ「三柱鳥居」である。石造りで高さは3メートルほどだが、神秘に満ち、思わず手を合わせてしまう不思議な感覚に襲われた。京都では、住宅街で一見何の変哲もない神社に出合うことが少なくないが、一瞬にして訪問者を魅了させる引力が働いている。

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