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連載記事 風土を旅する 第五回 近畿 薄雲に隠れた、街並みを歩く

写真 時が流れど変わらぬ風情と、水の流れがもたらす発展の兆し。

天王寺駅から数えて八つめの交差点、谷町七町目を過ぎたあたりで寺群は終わりを迎える。谷町六丁目に着く頃には、一本路地を入れば戦火を逃れた古い長屋に洗濯物、その脇に猫という一昔前の風景がある。その一角に、今日も現役の台所として賑わっているのが、空堀商店街。東西に約800メートル続くアーケードに軒を連ねるのは、豆腐、天ぷら(さつま揚げ)、漬物、履物店といった昔懐かしい商店ばかりだ。

長屋風情からさらに北へ歩みを進めると、大阪府庁、府警、NHK大阪放送局、大阪歴史博物館、大阪城など古来より行政の要所が点在する谷町四丁目がある。この界隈の歴史は約1350年前に存在した都「難波宮」にまで遡ることができ、先に紹介した四天王寺界隈の寺群は、そもそも難波宮の寺内町として多くの寺が建立された。やがて周辺に人々が住まい、商いが始まり、その面影は空堀商店街などに見られる。また、難波宮が栄えていた当時、谷町筋のある上町台地の地形は現在とは大きく異なり、東西を青い海に挟まれた半島状の砂嘴(土砂が堆積してできた地形)だった。その北側には難波津や渡辺津という港湾施設を設置したことで海上交通が発達し、全国から大量の物資が行き来するようになったのだという。

谷町四丁目から北へは下り坂が続き、オフィスビルや飲食店、マンションなどが林立する雑多な街並みとなってきた。探訪の最終ポイントは谷町筋の北端、天満橋。大阪の本流である大川にかかる橋の名が、そのまま地名になっている場所だ。天満橋駅にはグルメ・ショッピングスポットやオフィスが隣接している。その一方で、2008年3月には、渡辺津にあったとされる「八軒家浜船着場」が復活した。かつては商人や旅人を乗せた船が盛んに往来していた港で、今回は実際にあったとされる場所よりもやや東に、大川を運行する観光船の発着場として新しく生まれ変わった。

このようにして、大阪は水を観光資源とした「水都大阪プロジェクト」を立ち上げ、船着場の増設や、周辺のライトアップやアートコンテンツを増やす予定だという。街が華やかに彩られるのはもうすぐだ。寺や社が抱く奥ゆかしさに始まった大坂という街は、豊かな水の蒼とともに大阪へと発展し、今また新たな時代を迎えているのだろう。未来都市「OSAKA」を片隅に想像しながら、谷町筋を後に、次なる目的地「京都」を目指した。

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