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連載記事 風土を旅する 第四回 九州 淡色(あわいろ)の残る、静謐(せいひつ)の街へ

写真 路地裏に佇んだ日本の美学。博多の歴史の語り部と出会う。

静かな窯の里を背に、私達は九州最大の都市・博多へと向かう。日本で最も中国大陸に近い位置にある博多は、遥か昔より異国文化の入り口として多大な影響を受け栄華した街である。シルクロードより訪れた西洋の産物をはじめ、朝鮮半島で発達した儒教の教えもその一つ。やがては日宋貿易、勘合貿易を経て、受け入れた文化は計り知れない。

現在では高層ビル群が立ち並ぶ大都市に発展した博多だが、ビジネス街や繁華街の路地裏へ足を向けると、博多の歴史をその外観に溜め込んだ史跡がひっそり佇んでいる。いくつかの史跡を巡るうち、ある共通点があることに気がついた。それらを縁取る塀が、どれも不可思議なデザインをしていたのである。

塀の中には、無数の黒い瓦や石が埋め込まれてあった。近寄り塀づたいにその様を観察すると、規則性があるかのようでどこまで辿っても不規則だ。初見の私達はその実態がしばらく掴めぬままだったが、調べてみるとこの地の歴史を語り告ぐ大切な証明物であるということだけは理解できた。

「博多塀」と銘打たれたその塀が造られたのは、安土桃山時代にまで遡る。天下統一を果たした豊臣秀吉は、戦災で荒廃した博多の街を復興する際、大量あった黒い焼石、焼瓦を利用して自社仏閣や屋敷に頑丈な塀を築いていったのだとか。リサイクルという言葉が現代に叫ばれて久しいが、日本人の物を大切にする風習はここ博多の地にも根付いていたようだ。さらに、廃物を使った土塀であるにも関わらず、あたかも芸術品のように仕上げる美意識の高さも、日本の誇るべき風土だと言えよう。

九州には、それぞれの歴史・環境を生かし発展を遂げた文化があった。しかも、その全てには淡く、儚く、美しい印象が感じられる。この地方には、まだ各地に根付いた独自文化が潜んでいるように思えてならない。今回の取材では出会うことなかった、淡色の街を訪れに、いつか再び足を向けてみたいものである。

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